お知らせ

固体高分子形燃料電池の白金使用量削減に成功~コスト削減による燃料電池の普及を加速~

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2014年9月5日、九州大学大学院工学研究院応用化学部門教授及び九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I²CNER燃料電池研究部門主任研究者である中嶋直敏教授、藤ヶ谷剛彦准教授らの研究グループは英国科学誌Nature姉妹紙のオンラインジャーナル『Scientific Reports』に研究成果を発表しました。

 

■概要

固体高分子形燃料電池(※1:以下「燃料電池」)はクリーンでエネルギー効率が高く、かつコンパクトであることから、車や家庭用電源への本格的導入を目指して多くの研究開発が行われています。しかし、触媒として用いる白金の価格が高価なため、普及には白金の使用量を減らし、コストを削減することが必要です。中嶋直敏教授らの研究グループは、白金の粒径と担持(※2)密度を低減することで利用有効比表面積を増加させる戦略で、燃料電池セルに用いる白金使用量をこれまでの10分の1に削減することに成功しました。

<本研究について>

本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)技術領域「蓄電デバイス」(運営総括:逢坂 哲彌)における研究開発課題「ナノ積層法による燃料電池・水電解セル開発」(研究開発代表者:藤ヶ谷 剛彦)の研究成果です。

 

■背景

燃料電池を搭載した自動車の市販が近づいていますが、ガソリン車やハイブリット車と比較し、価格が高く、普及には高いハードルがあると言えます。この高価格の原因となる燃料電池セルのうち、実に4分の1近くを触媒に使う白金のコストが占めています。そこで白金の使用量を抑えた燃料電池の開発が急務とされています

 

■内容

燃料電池の触媒反応には高価な白金が使われていますが、その触媒反応の際には、白金粒子の表面のみが利用されています。従って、白金の使用量を削減するためには、同じ白金の量でなるべく大きな表面を作り出せばよいことになります。

今回、この戦略により白金をなるべく無駄なく利用する研究に取り組みました。同じ重さ当たりの表面積(比表面積)を大きくする最も簡単な方法は粒子の直径(粒径)を小さくすることです。研究グループは、触媒となる白金粒子を固定化する(担持する)導電性カーボン(ここではカーボンナノチューブ)にポリベンズイミダゾール(PBI)と呼ばれる接着剤のような物質(図1中のオレンジの部分)をあらかじめコーティングしておくことで、白金粒子(図1の青の粒)が極めて均一に担持できる技術を開発してきました。従来の触媒作製手法と異なるこの独自技術を「ナノ積層技術(※3)」と呼んでいます。このナノ積層技術を利用し、仕込む白金粒子の原料(白金塩(※4))の添加量を少なくすると、白金粒子が大きく成長できずに、小さく止めることができました。

 

図1.白金粒径と密度の低減による白金表面有効活用

 

しかも、白金の粒径を小さくしても分布は均一に担持されているため、結果的に粒子同士の距離は離れることとなり、混み合って担持した場合と比較し、さらに白金表面が有効利用できることがわかりました。

実際の燃料電池セルを用いた試験の結果を図2に示しています。単位重さ当たりで比較した場合、粒径の小さい白金を用いた燃料電池セルは、粒径の大きい白金を用いた場合と比較し、同じ電圧で約10倍もの電流密度が得られていることがわかります。これは言い換えると白金を10分の1に減らしても同等の性能が得られることを意味しています。

 

図2.作製した燃料電池セル(1´1cm2)の発電特性(120℃、無加湿条件、アノード:水素、カソード:空気)

 

■効果

現在、燃料電池車1台にはおよそ50gの白金が使われているとされています。白金1gが5千円程度ですから、1台に白金だけで25万円もかかっていることになります。これが10分の1で済めば低コスト化に非常に有利です。燃料電池の普及には、コストの削減が鍵とされ、多くの企業や研究グループが研究を進めています。従ってこの技術はこのような研究を加速し、燃料電池車のコスト削減に大きく貢献すると期待されます。

 

■今後の展開

一般に、白金の粒径を小さくすると、表面が不安定化しお互いに凝集しやすくなり、性能が低下しやすいことが知られています。今回開発した白金粒子は「のり」となる物質を介して導電性カーボンにしっかりと吸着する独自の技術を用いているために凝集しにくく、かつ白金粒子間の距離もより離れているので凝集が起こりにくいことも期待できます。従って、今回の研究により、白金使用量の削減のみならず、燃料電池そのものの寿命を向上させる可能性があります。燃料電池の寿命が向上すれば、買い替える回数が減るため、その分、低コスト化と同じ効果があります。

さらに本研究においては、2030年以降の目標とされている100℃以上での発電を既にクリアしているため、次世代燃料電池開発においても重要な結果と言えます。100℃以上の発電では、従来の燃料電池システムに必要であった加湿器や冷却器が不要になるため、低コスト化に有利とされています。

今後はメーカーと共同で実作動条件におけるテストなどを重ね、5年後の実用化を目指しています。

 

<用語解説>

(※1)固体高分子形燃料電池・・・水素と酸素が反応し水を生成する反応を利用して発電するクリーンな発電システム。その中で、固体高分子膜(イオン交換膜)を電解質として利用する燃料電池です。この燃料電池を利用した燃料電池車は2015年の本格的な普及開始を目指して研究開発が進められています。略称はPEFC(Polymer Electrolyte Fuel Cell)。

 

(※2)担持・・・固体表面に固定化させること。ここでは導電性のカーボン材料に白金ナノ粒子を固定化すること。担持密度とは固定化した白金ナノ粒子の固体表面上における密度のこと。

 

(※3)ナノ積層技術・・・ナノカーボン素材の表面に「のり」となる物質をナノメートルの厚みで被覆した後、イオン伝導体や金属ナノ粒子を均一に精密積層する独自技術。

 

(※4)白金塩・・・水に溶かすことで白金イオンを生じる物質。白金イオンを還元することで白金ナノ粒子が生成する。

 

■掲載論文

題目: Enhancement of Platinum Mass Activity on the Surface of Polymer-wrapped Carbon Nanotube-Based Fuel Cell Electrocatalysts

著者: Inas H. Hafez, Mohamed R. Berber, Tsuyohiko Fujigaya, and Naotoshi Nakashima

雑誌名: Scientific Reports

DOI: 10.1038/srep06295

 

■掲載記事

・西日本新聞(9月6日朝刊3面)

・毎日新聞(9月6日)

日刊工業新聞(9月8日15面)

・化学工業日報(9月8日)

電気新聞(9月8日)

サイエンスポータル(9月8日)

マイナビニュース(9月8日)

・日経産業新聞(9月9日8面)

・鉄鋼新聞(9月10日4面)

・産経新聞(9月11日26面)

環境展望台(9月11日)

・産経新聞(9月11日26面)