お知らせ

水素エネルギー開発の根幹をなす酸素発生触媒メカニズムの解明に成功!

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■概 要

九州大学大学院理学研究院/カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)/分子システム科学センターの酒井健教授、I2CNERのAlexander Parent博士研究員、中薗孝志氏(理学府大学院生)の研究グループは、生体関連物質として広く知られるコバルトのポルフィリン錯体が酸素発生に対する高活性触媒となることを実証しました。

この成果は、2013年6月7日に英国王立化学会のオンラインジャーナル『Chemical Communications』で公開されました。

 

■背 景

近年、水素エネルギー開発の中心的役割を担う科学技術として、太陽光エネルギーを用いて水の電気分解を引き起こすための研究に多大なる期待が寄せられています。しかしながら、水から水素ガスと酸素ガスを発生させる反応はいずれも遅い反応であるため、高活性な触媒の開発が極めて重要な研究課題となっています。

 

■内 容

研究グループは、長年太陽光エネルギー変換の中心テーマとして重要視されてきた水の可視光分解反応の研究を独自に展開してきました。中でも、白金の化合物を用いた水素発生触媒反応の研究分野では世界をリードしており、近年では、酸素発生触媒反応の研究分野においても優れた研究成果を報告してきました。天然の光合成においては、4つのマンガンイオンからなるクラスター触媒(※1)が酸素発生に対する高活性触媒として機能することが知られていますが、依然その反応機構は未解明の状況にあります。それゆえ、分子構造が明らかとなっている種々の触媒について、反応機構を詳細に解き明かすと同時に、構造や電子状態が触媒活性に及ぼす諸因子を解明することが高活性触媒を開発するうえで重要な鍵を握っています。

今回、研究グループは、中心にコバルトイオンを持つポルフィリン誘導体に着目し、それらが高い酸素発生触媒能を持つことを見出しました。ポルフィリン誘導体は,その中心部にある4個の窒素原子で亜鉛、鉄、コバルト、マグネシウムなどの様々な金属イオンを捕捉して安定な錯体を形成しますが、これらの化合物は生化学的に重要なものが多く,例えば,赤血球のヘモグロビン,ビタミンB12,葉緑素のクロロフィル,チトクロームなどの金属ポルフィリン誘導体として知られています。研究グループの研究は、このように古くから知られるコバルトポルフィリン化合物が、実は高い酸素発生触媒であることを実証することに初めて成功しました。

研究グループは、さらに反応速度論的研究と計算化学による研究成果を基に、酸素発生反応が下図の反応過程に従って進行することを提案しました。この下図のスキームによれば、コバルトイオンに結合した水分子は電子と水素イオンを段階的に放出し、最終的には、ラジカルとしての性質を帯びた金属上の酸素原子オキシルラジカル(※2)が二つ相互作用することにより、酸素―酸素間の結合を形成します。その後、酸素分子を放出し、錯体触媒自身は開始時の状態に戻ると考えられます。

 

■効 果

近年、主としてルテニウムやイリジウムを中心金属に持つ酸素発生触媒の研究が盛んに行われてきましたが、今回、大量普及が可能なコバルトを中心金属に持つ高活性な酸素発生触媒を見出すことに成功しました。それに加え、光増感触媒と組み合わせることにより、可視光照射下における光酸素発生反応に関する実証試験にも成功しました。今後は、この光化学過程によって生じる水素イオンと電子を水素ガス生成反応へと導くことにより可視光エネルギー(つまり、太陽光エネルギー)を水素エネルギーへと変換することのできる人工光合成システムへの応用研究が可能となります。

 

■今後の展開

今回開発したコバルトのポルフィリン化合物は、光反応中に徐々に光劣化する現象が認められたため、現在、そのような劣化を極限まで抑制できる副反応制御法の研究を加速的に展開しています。さらに、発生する酸素分子が光励起種と相互作用して妨害反応を引き起こすことも突き止めたため、そのような妨害反応を著しく抑制できる立体制御因子の解明と反応物輸送経路の確保を試みています。

 

■用語解説

(※1)クラスター触媒

金属イオンを三つ以上もつ分子性の触媒をさす。

(※2)オキシルラジカル

金属イオンに結合した酸素原子がラジカル的な性質を帯びた状態に相当する。反応性に富む酸素原子としてふるまう。

 

■論 文

Title:Cobalt porphyrins as homogeneous catalysts for water oxidation

Authors:Takashi Nakazono, Alexander Rene Parent and Ken Sakai

DOI:10.1039/C3CC43031F

Article published online: 24 MAY 2013