2014年6月4日、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I²CNER) 触媒的物質変換研究部門 部門長である小江 誠司教授の研究グループは、ドイツ学術雑誌『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版に研究成果を発表しました。
■概要
九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)/大学院工学研究院の小江誠司教授らの研究グループは、名古屋大学の研究グループとの共同研究により、燃料電池のアノード(図1)として一般に使用されている白金触媒の能力をはるかに超える水素酵素(ヒドロゲナーゼ(図2))S–77電極の開発に成功しました。ヒドロゲナーゼは鉄とニッケルを活性中心として持つ金属酵素で、白金と同様に水素から電子を取り出し、白金に優る能力を持つと期待されていました。しかし、酸素に対する不安定さにより燃料電池への応用にはこれまで成功していませんでした。研究グループは、酸素に安定なヒドロゲナーゼS–77を阿蘇山で発見し、燃料電池のアノード触媒として驚異の性能を示すことを明らかにしました。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金・特別推進研究「ヒドロゲナーゼと光合成の融合によるエネルギー変換サイクルの創成」、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「ナノ界面技術の基盤構築」、および文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究(感応性化学種が拓く新物質科学)の研究の一環として、九州大学の小江誠司教授の研究グループが九州大学伊都キャンパスおよび福岡市産学連携交流センターで行ったものです。
■背景
水素(H2)と酸素(O2)から電気エネルギーを作り出す水素–酸素燃料電池は、廃棄物として水(H2O)しか排出しないことから、クリーンな次世代発電デバイスとして期待されています。しかし、電極触媒には高価かつ枯渇性の白金が使用されており、その代替触媒の開発が待たれています。自然界では、水素酵素(ヒドロゲナーゼ)が常温常圧の温和な条件で水素から電子を取り出しており、その能力は白金をはるかに超えることが知られています。そのため、燃料電池の電極触媒としてもヒドロゲナーゼの利用が期待されてきました。しかし、ヒドロゲナーゼの酸素に対する不安定さにより燃料電池への応用はこれまで達成されていませんでした。
■内容
今回、研究グループは、阿蘇山の過酷な環境下で生息しているヒドロゲナーゼS–77を見出しました。この酵素は酸素に安定であり、燃料電池のアノード触媒として白金をはるかに超えることを示しました。具体的には、ヒドロゲナーゼS–77は白金に比べて、質量活性で637倍(図3)、電流密度で1.8倍(図4)、電力密度で1.8倍(図5)の能力を持っています。このような驚くべき能力を示す理由として、研究グループはヒドロゲナーゼS–77と白金の水素を活性化(切断)するメカニズムが根本的に異なっているためと推定しています(図6)。本研究は、酸素耐性ヒドロゲナーゼの固体高分子形燃料電池(PEFC)のアノード触媒への応用に世界で初めて成功しました(図7)。
図1は、燃料電池の概略図を表しています。水素を活性化する電極をアノード、酸素を活性化する電極をカソードと言います。電子はアノードからカソードに流れます。

図1 燃料電池の概略図
図2は、自然界に存在する水素を活性化する酵素(ヒドロゲナーゼ)の活性中心の構造です。ニッケル原子(Ni)と鉄原子(Fe)がシステイン残基(Cys)のイオウ原子(S)によって架橋された2核構造をしています。Xは、休止状態では水分子(H2O)、水酸化物イオン(OH–)、またはオキソイオン(O2–)であり、活性化状態ではヒドリドイオン(H–)と考えられています。

図2 ヒドロゲナーゼの活性中心の構造
図3は、水素から電子を取り出す反応における活性を示しています。横軸は質量活性(触媒1 mgあたり取り出せる電流)、縦軸はiRフリー過電圧(実測した電圧からiR(抵抗分極)を差し引いた電圧)を表しています。iRフリー過電圧が50 mVのとき、ヒドロゲナーゼS–77の方が白金よりも637倍多くの電流を取り出せることが分かります。

図3 ヒドロゲナーゼS–77と白金による水素酸化の質量活性
(iRフリー過電圧が50 mVのときの質量活性は、ヒドロゲナーゼS–77が547 A mg–1、白金が0.859 A mg–1)
図4は、アノードにヒドロゲナーゼS–77と白金、カソードに白金を用いた燃料電池のセル電圧と電流密度の関係を示しています。横軸は電流密度(1 cm2あたりに流れる電流)、縦軸はセル電圧(燃料電池の電圧)を示しています。回路に負荷を掛けて電流を取り出すと、図3のようにセル電圧は降下します。

図4 燃料電池のセル電圧と電流密度の関係
図5は、アノードにヒドロゲナーゼS–77と白金、カソードに白金を用いた燃料電池の電力密度と電流密度の関係を示しています。横軸は電流密度(1 cm2あたりに流れる電流)、縦軸は電力密度(電流密度とセル電圧の積)を表しています。電力密度の最大値を比較すると、ヒドロゲナーゼS–77(180 mW cm–2)は白金(100 mW cm–2)の1.8倍大きいことが分かります。

図5 燃料電池の電力密度と電流密度の関係
図6は、ヒドロゲナーゼS–77と白金の水素の活性化方法の違いを示しています。ヒドロゲナーゼは水素分子をヘテロリティックに活性化(切断)し、ヒドリドイオン(H–)とプロトン(H+)を生成するのに対し、白金触媒は水素分子をホモリティックに活性化し、2分子の水素ラジカル(H•)が生成します。

図6 ヒドロゲナーゼS–77による水素のヘテロリティックな活性化(左図)と
白金による水素のホモリティックな活性化(右図)
図7は、ヒドロゲナーゼS–77をアノード、白金をカソードに用いた水素–酸素燃料電池による発電の様子を表しています。

図7 ヒドロゲナーゼS–77をアノードに用いた燃料電池による発電の様子
■効果
自然界は豊富に存在しているニッケルと鉄の組み合せで白金を超える優れた触媒を創り出しています。本研究による成功により、今後様々なヒドロゲナーゼをアノード触媒とした研究および機能モデルの研究が大きく促進されることが期待されます。
■今後の展開
研究グループは、上述の有用な金属酵素の探索と同時に、酵素をモデルとした合成研究も実施しています(Science 2007, 16, 585と2013, 339, 682)。今回得られた成果を基に、以前の2011年9月6日付プレスリリース「白金の1/25の人工触媒を開発」)を超える人工触媒の開発にも着手しています。これら生体触媒および人工触媒の両面から既に自動車メーカーとの共同研究もスタートしています。
■参考
図8は、新しいヒドロゲナーゼS–77を阿蘇山から発見したときの様子を表現したものです。

図8 ヒドロゲナーゼS–77発見のイメージ
Angewandte Chemie International Edition (ACIE) の表紙に採用
■掲載論文
題目:[NiFe]Hydrogenase from Citrobacter sp. S–77 Surpasses Platinum as an Electrode for H2 Oxidation Reaction
著者:Takahiro Matsumoto, Shigenobu Eguchi, Hidetaka Nakai, Takashi Hibino, Ki-Seok Yoon, Seiji Ogo
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
■掲載記事
・サイエンスポータル(6月11日)
・財経新聞(6月10日)
・マイナビニュース(6月6日)
・毎日新聞(6月5日朝刊)
・読売新聞(6月5日朝刊)
・西日本新聞(6月5日朝刊)
・NHK(6月5日)
・RKB(6月5日)
・日本経済新聞(6月5日)
・NHKラジオ第一(6月5日)
・共同通信(6月4日)
・京都新聞(6月4日)
・千葉日報(6月4日)
・徳島新聞(6月4日)
・環境展望台(6月4日)