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高品質半導体性単層カーボンナノチューブの選択分離に成功! ナノエレクトロニクスデバイスの飛躍的性能向上に期待

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■概要

九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)/大学院工学研究院の中嶋直敏教授、同大学院工学研究院の利光史行特任助教らの研究グループは、カイラリティ(※1)選択的で、長く、欠陥の少ない高品質な半導体性単層カーボンナノチューブ(sem-SWCNT)(※2)精製を可能にする「脱着型可溶化剤」を開発しました。sem-SWCNTの高純度化と高品質化の実現は、ナノエレクトロニクスやエネルギー、環境分野における次世代電子デバイス構築の基盤技術として、非常に重要な課題でした。本研究グループは、これまでに超分子化学(※3)を応用した可溶化材を含まないsem-SWCNTの分離精製技術を確立していましたが(2014年10月1日付けプレスリリース参照)、今回さらにカイラリティ選択性が高く、長いsem-SWCNTのみを抽出することに成功しました。

本研究では、水素結合で構成される超分子ポリマーの可逆な形成と分解、そして温和な分離条件を利用して、上記の選択分離を達成しました。さらに、この水素結合型超分子ポリマー可溶化剤は、溶媒による洗浄のみという簡便な操作でsem-SWCNTから完全な除去が可能であり、高品質な半導体性カイラリティの (8,6) sem-SWCNTを70%という高収率で分離が可能です。

本研究成果は、2015年12月14日(月)午前10時(英国時間)に英科学誌Nature姉妹紙のオンラインジャーナル『Scientific Reports』で公開されました。

 

■背景

トランジスタや太陽光発電など様々な分野で応用されているシリコンの微細加工を基盤にした技術には、回折限界(※4)による微細化の限界があることが知られており、近年、その限界に近づきつつあります。その一方で、はじめからナノスケールの超微細な構造を持つ分子である単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は、その炭素原子の配列により半導体性と金属性の性質をもつ二種類のチューブが存在し、これらを応用することで、既存のシリコンを用いたデバイスを凌駕する性能を示すことが理論的に予測されています。中でもsem-SWCNTは、原子配列や直径などを要因とし、理論的にはほぼ全ての電子状態を得られることから、次世代のナノエレクトロニクスにおける高効率な素子として非常に重要な存在です。しかしながら、sem-SWCNTは、製造時に発生する構造異性体や不純物に加え、炭素配列の結晶度の良否により、デバイスの性能が制限されるため、高品質でカイラリティ純度の高い精製法の確立が最重要課題でした。特に、大きなエネルギー差を得られる直径1 nm程度の長いSWCNTは、炭素配列の歪みが大きく、従来、高品質な精製は困難とされてきました。また、精製のために導入される可溶化材も、応用の段階では不純物として働くため、可溶化材の種類や抽出方法も非常に重要です。

 

■内容

従来の界面活性剤や頑丈なポリマーを用いた破壊的な条件でのSWCNT可溶化では、高品質なチューブを精製できないことから、本研究グループは超分子化学に基づき、系中において「可逆な結合生成−解離」が可能な水素結合ポリマーに着目しました。生体中でも重要な役割を果たす水素結合は、共有結合に比べて非常に弱い相互作用であり、効率的な結合生成の条件も厳しいものですが、本研究では、その性質を巧みに利用し、長く欠陥が少ないsem-SWCNTの選択的な抽出に最適であることを発見しました。本研究で用いた水素結合ポリマーは、sem-SWCNTを選択的に認識する小分子を主骨格に、水素結合をするアミノ基あるいはカルボン酸を配した有機物質から形成され、一次元の非常に直線的な構造を取るようにデザインされています。SWCNTの可溶化に通常利用される強力な超音波照射は、もろく

細いカーボンナノチューブを破壊し、炭素結晶度や長さなどの品質低下を招きますが、この操作を、より温和なかくはんに置き換えることで、ほぼ非破壊であると同時に、水素結合ポリマーの効率的な吸着を促進することにより、従来法では難しかった高品質な(8,6)カイラリティをもつsem-SWCNTの選択的抽出に成功しました。さらに、水素結合ポリマーは、アセトンなどの水素結合を阻害する溶媒で洗浄するだけで分解・剥離され、sem-SWCNTの表面から完全に除去できることを様々な評価法で明らかにしました。分離後の水素結合ポリマーはそのまま再利用することが可能です。また、分子力学計算により、水素結合ポリマーは、表面がなめらかで欠陥の無いsem-SWCNTに対して選択的に被覆・伸長することと、構造の一次元性から、(8,6)のカイラリティをもつsem-SWCNTに対してエネルギー的にも分離が有利なことも確認されました。

本研究成果は、超分子化学に基づいて設計された直線型の水素結合ポリマーと、最適化された温和な可溶化条件により、高品質、カイラリティ選択性が高い、直径が細く(~1nm)長さが長い、といった秀逸なsem-SWCNTを効率良く分離精製できることを示した初めての知見です。

 

■効果・今後の展開

得られた高品質なsem-SWCNTをデバイスへ応用することで、ナノエレクトロニクスにおけるSWCNTトランジスタの高効率化が期待されます。また、水素結合と温和な条件でのsem-SWCNTの高品質な分離を、戦略的な分子設計に基づいて、様々な直径をもったカーボンナノチューブに適用することが考えられます。今後、水素結合ポリマーの形成条件について、使用する溶媒や温度によってコントロールすることで、sem-SWCNTのカイラリティ選択性が広がると期待されます。

 

<参考図>

超分子化学に立脚した、可逆に形成される水素結合ポリマー型可溶化剤を用いたsem-SWCNTの選択的抽出と、再生可能なプロセスサイクル

 

【用語解説】

(※1)カイラリティ:

単層カーボンナノチューブは、巻き方の違いにより様々な構造の異性体(同じ原子構成でも形の違うもの)が存在するが、これらをグラフェン展開図を用いてベクトル表示で(n,m)SWNT(例えば(8,6)SWNT)で表す。(n,m)により、半導体SWNTと金属製SWNTの違いもわかる。

 

(※2)単層カーボンナノチューブ(SWCNT):

直径0.7〜2 ナノメートルの炭素原子のみから構成される導電性の1次元筒状物質。1993年に飯島澄夫博士により発見されたナノカーボンであり、電気を通すだけでなく、機械的強度や耐熱性、光特性など様々な優れた特性を持っている。次世代のナノテクノロジーの基幹物質と位置づけられている。

 

(※3)超分子化学:

「超分子」は、複数の分子が配位結合や水素結合などの相互作用により秩序だって集合した物質のことで、その概念は、ノーベル賞受賞科学者のジャン・マリー・レーンによって提唱された(参考図参照)。

 

(※4)回折限界:

光が波の性質をもつため、その波長より小さいスケールを扱うことができないという限界のこと。

 

 

■論文

題目:Facile Isolation of Adsorbent-Free Long and Highly-Pure Chirality-Selected Semiconducting Single-Walled Carbon Nanotubes Using a Hydrogen-bonding Supramolecular Polymer

著者:Fumiyuki Toshimitsu & Naotoshi Nakashima

雑誌名:Scientific Reports

DOI:10.1038/srep18066